信託と判例

前払い請負代金と信託(最高裁平成14年1月17日判決)

信託法の最重要判例の一つである最高裁平成14年1月17日判決の備忘録です。
かなりややこしく、論点も多岐にわたりますので、通説的な枠組みで簡単に整理しました。

 

 

事実の概要

@請負契約の基づきて注文者から請負人に請負代金が前払いされた。
Aこの前払い金は使途、管理方法などが保証約款によって定められている。
Bその後、請負人が工事不能になり請負契約解除。請負人破産。という流れです。

 

争点

この前払金は破産財団に帰属するのか、それとも、信託財産として注文者に帰属するのか。
さらに言えば、破産財団の背後にいる破産債権者(下請業者など)を保護すべきか、それとも、注文者である県の背後にいる納税者を保護すべきかという点が対立点です。

 

結論

判例は、信託の成立を認め、県を保護しました。

 

以下、少し詳しく見ていきます。

 

登場人物

@注文者である県A
A請負人であるB
B請負代金前払金の返還債務の保証人Y
C前払金の受託者Z信用金庫
D請負人Bの破産管財人X

 

事実

 注文者である県Aは請負人Bに公共工事を依頼した。この契約は公共事業約款に基づく。また、この公共事業約款においては、請負代金の前払いをする場合には、前払金から工事出来高分を控除した額の返還請求につき、保証事業会社の保証が前提とされている。
 この保証は前払保証約款にもとづくものである。保証約款には以下のような規定がある。請負人は前払金の管理のため専用の口座を設け、保証会社は前払い金の保管、払出し等の監査を行うことができ、不適切な場合には払出しの中止命令等ができる。
 保証事業会社Yは請負人Bとの間で保証委託契約を締結し、県Aは受益の意思表示をした
 請負人はZ信用金庫に前払金管理のための専用口座を有している。
 県Aは請負人Bに前払金を交付した。
 その後、請負人B は資金繰りが苦しくなり、工事の続行が困難になった。そこで県Aは本件請負契約を解除した。
 保証事業会社Yは県Aに対し、保証債務の履行として前払金から出来高を差し引いた額につき弁済した。
 その後請負人Bには破産手続開始決定かされ、破産管財人Xが選任された。
 保証事業会社Yは前払金専用口座の預金につき、信託財産に帰属し、破産財団には帰属しないと主張。

 

 

登場人物相互の法的関係を整理

(破産手続開始決定前)
@注文者の県Aと請負人Bの間は請負契約。公共工事約款に従っている。
A県Aと保証人Yとの間は保証契約(前払金保証約款にしたがっている)
B請負人Bと保証人Yとの間では保証(委託)契約(前払金保証約款にしたがっている)
C請負人BとZ信用金庫との間では消費寄託契約
D保証人YとZ信用金庫との間では委託管理契約

 

以下現行信託法に従って見ていきます。

 

論点1 信託の成立

信託の成立は現行法上@契約による場合A遺言による場合B宣言による場合の3つだけです。
ABは論外ですから、@の契約による信託が成立したかが問題となります。

 

 まず、本件事案において、明示に信託契約を締結し事実は認められません。
 そこで、黙示に信託契約を締結したのではないかが問題となります。
 この点、契約による信託とは、一定の目的」「に従い」独立して「財産の管理又は処分」することを内容とする契約ですから、本件当事者の契約がこの内容を契約に入れているかまたは当然の前提としているばあいには黙示の信託契約があったと解すべきです。

 

 では、このような信託契約を締結したといえるような内容が本件契約にはあったのでしょうか。
 まず、先に、独立して財産を管理処分するという点はどうでしょうか。
 本件の請負代金前払い金は工事費用に支弁するために事前交付されたものであり、専用口座を設けることが要求され、その使途、仕出し等について保証事業会社よつ監査、不適切な場合の中止命令が約款として定められています。Z信金には前払い金専用口座が設けられ、分離独立して管理されていました。
 よって、独立して財産を管理処分する点については要件を充たしていると考えてよいでしょう。

 

 では、一定の目的という点はどうでしょうか。
 本件の前払いは工事費用の支払いにあてるという目的で行われたものであり、一定の目的という点も充たしていると言えます。

 

 では、このような信託契約の内容を黙示に認識し、意思表示したと言えるでしょうか。
 本件の請負契約は公共事業約款に基づくものであり、かかる公共事業約款には次のことが規定されていました。すなわち、工事費用の前払いをする場合には、その返還請求について保証されることが必要でした。そして、その保証の内容は建設業前払保証約款にもとづいて締結される必要があり、その約款には上述のように専用口座を設け、払出し等についての監査がされることを要求しています。
 とすれば、請負契約を締結するにあたってこの前提となる保証契約の内容を認識して意思表示をしたことは明らかです。
 したがって、当事者である県Aと請負人Bは請負契約とともに信託の意思表示を黙示に行ったといえます。
 以上より、本件において注文者を委託者、請負人を受託者とする信託契約が成立したといえます。

 

ここで信託が成立したとして法律関係を整理します。

 

委託者  注文者である県A
受託者  請負人B
受益者  ?争いがあります。
信託財産 Z信用金庫に対する前払金専用口座の預金債権

 

論点2 受益者は誰か

1 まず、普通に考えれば、受益者は委託者たる県Aでしょう。だって、工事費用の前払いをしてるのは県Aなんですから。同時履行にせす、前払いをするリスクをおっている県Aのために約款が定められているのだから、こう考えるのが素直かと思います。本件の判例もこの考えをとっています。
2 ところが、当たり前ですが、信託が成立すれば前払金は信託財産となりますから、破産財団には入りません。これで迷惑を被るのは破産財産の財産を引当にする債権者、特に破産者たる注文者の下請業者さん達です。信託が成立してしまうと、これらの業者さん達を保護することはできないのでしょうか?
 この点、受益者に請負人や業者さんを入れ込むことで保護しようとする考え方があります。信託は成立したけど、受益者とすることで信託財産を引き当てにしようとする考え方です。
 しかし、本件信託契約を行った当事者は県と請負人であり、その意思表示として受益者に下請業者等まで含めることは考えにくいと思われます。すくなくとも、現行法の枠組みでは下請業者等を受益者に含めることは難しいのではないでしょうか。

 

論点3 信託終了による信託財産の移転時期

まず、工事が続行不能となったときの法律関係を整理します。

 県Aが本件請負契約を履行不能による解除したことにより、請負契約は遡及的に無効となります。前払金は請負契約の実現のためのものであり、それが遡及的に無効となった以上、前払事務の履行という信託の目的は「信託の目的を達成することができなくなったとき」(163条)により信託は終了します。
 信託が終了すると「清算が結了するまではなお存続するものとみな」(176条)されますので、今だ独立性を失わず、精算受託者によって管理処分されます。
 もっとも、本件の受託者たる請負人は破産しているので任務は終了し(56条1項3号)その後は清算受託者として事務を行うことはできません。よって、破産管財人が事務を引き継ぎます。

では、、本件の前払金であるZ信用金庫への預金債権はどうなるのでしょうか。

まず、前払金が帰属すべき者は誰かを確認します。

 公共事業約款により、請負契約が解除された場合には、注文者が出来形を検査確認し、その出来形に相当する請負代金を支払うこととなっています。
 かかる出来形に相当する請負代金(出来高)が前払金を上回る場合は、当該預金債権はすべて請負人の固有財産として帰属されるべき部分となります。
 他方、出来高が前払金を下回る場合は、前払金から出来形に相当する金額を控除した部分は注文者に返還されるべきであり、これを控除してなお残る部分は請負人の報酬部分となるのですから、受託者たる請負人の固有財産に帰属されるべき部分です。

では帰属すべき金額が上記のようになるとして、どのような論理で帰属するのでしょうか。

 請負が解除されて信託が終了した場合は前払い金を返還することが定められているのですから、県Aは信託財産たる前払金の内出来高を除いた額の返還を求めることができます。つまり、残余財産の給付を内容とする受益債権をとして前払金の返還債権を有していることになります。
 前払金はZ信用金庫の専用口座に預金されているのですから、係る預金債権が信託財産です。
 信託法には残余財産の帰属の時期につき明文がありません。そこで、残余財産としての、本件預金債権の残余財産受益者等への帰属時期が問題となります。
 この点、一般的に考えると、契約で特定の財産について特定の残余財産受益者等に帰属するように指定さえれていれば終了と同時に移転するでしょうし、そうでなければ清算受託者の給付行為によって移転するように思えます。信託行為によって残余財産として残余財産受益者に移転するべきことが明らかであるのに、別段の給付行為が必要であるとするのはおかしいでしょう。
 よって、少なくとも、特定された残余財産について受益者がきまっているのなら信託終了と同時に給付行為を要せず、受益者に移転するとするのではないでしょうか。
 もっとも、本件前払金については、出来高を除いた部分について返還請求を要するとするものですから、出来高を確認するまでは預金の内いくらが受益者に移転する部分かわかりません。
 よって、受益者たる県Aによる検査確認で出来高部分が確定された時点で預金債権は県Aに準物権変動をするというのが判例の考え方です。
 このように考えると、預金債権は準物権的に注文者Aに帰属し、前払金返還請求権は弁済されたのであるから、消滅するはずです。
 主債務たる前払金返還債権が消滅した以上、保証債務は附従性によって消滅し、よって、本件の保証人Yの弁済は非債弁済になってしまいそうです。
 しかし、判例はどうも本件の保証契約は注文者に帰属した預金債権の履行をも保証するものとしているようで、預金が注文者に払いだされるまでは保証債務は存続するという考えのようです。
 よって、保証人Yが前払金について弁済すると、預金債権は保証人に法定代位され、保証人に移転することになります。
 そして、前払返還債権を控除した残余の金額は請負人の報酬部分です。よって、前払返還債権にの範囲が特定されたと同時にやはり、準物権変動によって請負人の固有財産に帰属することになるでしょう。
 他方、清算受託者の給付行為によって初めて預金債権が移転するとするとどうなるでしょうか。
 まず、本件では清算受託者の給付行為がないのですから、いまだ、預金債権は受託者の事務を引き継いだ破産管財人の管理の元にあります。
 そして、保証人Yの保証債務の履行により、Yは信託財産責任負担債務に係る債権として求償権を取得すると同時に、注文者の有していた残余財産債権たる前払金残金返還債権を法定代位により取得します。
 後は、保証人が信託財産の残余財産引渡として預金債権の移転の意思表示及び対抗要件を求めるか、あるいは単に弁済した金額を支払ってもらうかをすることになりましょう。

 

 

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