事実上の後見人と追認の基準

後見と判例A 追認の基準

事実上の後見人が行った法律行為と追認の基準

平成4(オ)1694損害賠償請求事件平成6年9月13日 最高裁判所第三小法廷
民集第48巻6号1263頁

 

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認知症等により本人が適切な意思表示をできない場合に、家族が代わりに契約等をおこなうことがあるかと思います。

 

かかる法律行為は無権代理行為として無効ですが、後に後見が開始され後見人が就任した場合、後見人はどのような基準で追認すべきかを判断すればいいのでしょうか。

 

下記に詳しく示すように、本件判例は追認拒絶の可否が問題となった事案です。追認の可否や追認の適否とは若干論点が異なります。
しかし、大枠の判断の参考にはなるのではないでしょうか。

 

問題の理論的位置づけ

 

@本人が適切な意思表示をする能力がない場合は法律行為をする意思能力が欠けている。

 

A意思能力がない以上、他の人に代理権を付与する法律行為もできない。

 

Bよって、家族等の他人がした法律行為は無権代理となり、本人には帰属しない(民法113条)。

 

Cもっとも、後見人等代理権を有する者は上記無権代理行為を追認することができる。

 

Dかかる追認をいかなる基準で行うべきかについては条文上明らかではない。

 

Eよって、いかなる基準で追認すればよいかが問題となる。

 

判例の判断枠組み

@追認の時点における被後見人の状況を考慮して、被後見人の利益に合致するように追認権を行使すべきである。

 

Aただし、たとえ被後見人の利益に合致する追認権の行使であっても信義則上許されない場合がある。

 

B信義則上許されない場合とは、当該無権代理行為が相手方のある法律行為である場合で、追認によって相手の信頼を害し、正義の観念に反するような場合。

 

Cどのような場合に相手の信頼を害し、正義に反するかは

 

(ア)法律行為の内容、性質

 

(イ)交渉の経緯

 

(ウ)追認の有無による不利益の程度

 

(エ)後見人が就職するまでの契約への関与の程度

 

(オ)相手方の本人の意思に能力の認識の程度

 

などを総合考慮して判断する。
(詳しくは下記に記載する判例の規範を参照してください)。

 

敷衍すると、取引の安全の要請から、後見人がついていたならば行われたであろう代理行為よりもやや広い法律行為に追認が認められるということになりましょう。

 

 

以下では判例の事案と規範をやや詳しく載せておきます。

 

 

事実の概要

 

@本件法律行為の帰属主体Xは精神の発達に遅滞があり六歳程度の知能年齢にあった(昭和8年出生)。

 

AXには母Aと兄弟BCDがいた。

 

B昭和40年ごろ、XABCDは亡父Eの遺産に属していた不動産及び借地権につき、Xに帰属させる遺産分割協議を行い、建物について所有権移転登記を行った(当然ではあるが、本件では争いになっていないものの、このように意思能力の欠けたXを当事者とする法律行為は以下にでてくるものも含めすべて帰属無効である)。

 

C本件不動産はXの姉Bが管理していた。

 

D昭和43年5月、Xを賃貸人とする賃貸借契約がYとの間でなされた。契約の交渉にはBがあたった。

 

E昭和55年、本件不動産上で等価交換方式のビル建設を行う計画が立てられ、本件建物が取り壊されることになった。Xの姉は賃借人Yとの間で、一旦立ち退く代わりに、ビル完成後に賃貸人が取得する区分所有建物を改めて賃貸する合意がなされた。

 

F昭和56年にはXの姉B及びCならびに賃借人Yが弁護士の事務所に集まり、上記の改めて文書を作成し、B及びYがかかる文書に合意署名した。その合意にはYが本件建物を賃借すること、契約ができないといきは金4000万円の損害賠償を支払う旨が含まれていた。

 

G昭和57年、ビルが完成したが、Bは賃貸借契約を拒む意思をYに表示し、その後本件建物を第三者に譲渡してしまった。

 

HYは上記の合意に基づき、Xに対し4000万円の損害賠償を求めて訴えを提起した。

 

Iその後、Xには禁治産宣告がなされ、姉Cが後見人に就任した。

 

争点

Xには意思能力が欠けている。よって、姉Bに対し上記各契約を締結する代理権を与える意思表示をすることはできなかった。

 

したがって、姉Bのなした契約は無権代理行為として、Xに帰属しないのが原則である。これに付随する損害賠償の予定もXには帰属せず、相手方Yとしては無権代理人に履行又は損害賠償を求めるか、本人に利得が生じれば不当利得返還を求めることしかできない。

 

もっとも、上記契約に主体的に関与していた姉Cが後見人として追認を拒絶し、効力を争うことは信義則に反し許されず、Xに代理行為の効果が帰属し、損害賠償が認められるのではないかが問題となった。

 

判例の規範

後見人は、禁治産者との関係においては、専らその利益のために善良な管理者の注意をもって右の代理権を行使する義務を負うのである(民法八六九条、六四四条)から、後見人は、禁治産者を代理してある法律行為をするか否かを決するに際しては、その時点における禁治産者の置かれた諸般の状況を考慮した上、禁治産者の利益に合致するよう適切な裁量を行使してすることが要請される。ただし、相手方のある法律行為をするに際しては、後見人において取引の安全等相手方の利益にも相応の配慮を払うべきことは当然であって、当該法律行為を代理してすることが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的場合には、そのような代理権の行使は許されないこととなる。
 したがって、禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、(1) 右契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が右契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質、(2) 右契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益、(3) 右契約の締結から後見人が就職するまでの間に右契約の履行等をめぐってされた交渉経緯、(4) 無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に右契約の締結に関与した行為の程度、(5) 本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実、など諸般の事情を勘案し、右のような例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなければならないものというべきである。

 

 

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