後見と判例@ 認知症JR東海事件

認知症JR東海事件 

平成26年(受)第1434号,第1435号損害賠償請求事件
平成28年3月1日第三小法廷判決

 

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事実の概要

認知症を患っていた男性がJRの線内に侵入し、走ってきた電車に衝突して死亡した。JRは当該男性の妻と息子に対し、監督義務者としての責任を求めた。

 

争点

被告らが民法714条の「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるか。
あたらない場合でも「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に準ずべき者として責任を負わないか。

 

結論

当該事案における被告らは「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたらない。
また「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に準ずべき者にもあたらない。
よって責任を負わない。

 

理由

被告らは「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるか

まず、被告の妻が「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるか。
民法752条は,夫婦の同居,協力及び扶助の義務を定めている。
この義務が監督責任における「法定の義務」にあたるかが問題になった。
この点判例は否定。
752条は夫婦相互間における法定の義務を定めたのみであり、これが責任無能力者の行為を通じて他人に損害が及ばないようにする第三者に向けられた義務まで含むものではないということである。
また、本事案において他に監督義務者を基礎づけるような法定の義務は実定法上規定されていないと判示した。
子の方にも監督義務者を基礎づけるような法定の根拠はみあたらないとした。
さらに、判例は成年後見人の監督義務についても言及しているが、この点は後述する。

 

「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に準ずべき者にあたるか

この点について裁判所は「法定の監督義務者に該当しない者であっても責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし,第三者に対する加害行為の防止に向けてその者が当該責任無能力者の監督を現に行いその態様が単なる事実上の監督を超えているなどその監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には,衡平の見地から法定の監督義務を負う者と同視してその者に対し民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり,このような者については,法定の監督義務者に準ずべき者として,同条1項が類推適用」されると従来判例を引用し、「その上で,ある者が,精神障害者に関し,このような法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは,その者自身の生活状況や心身の状況などとともに,精神障害者との親族関係の有無・濃淡,同居の有無その他の日常的な接触の程度,精神障害者の財産管理への関与の状況などその者と精神障害者との関わりの実情,精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容,これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して,その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる客観的状況が認められるか否かという観点から判断すべきである」
判例はこの点につき総合考慮という判断をしているので抽象化や基準定立は難しいが、いくつかポイントをあげると、

@昭和56年判例を引用し、法定の監督義務者に準べき者は714条1項類推適用により責任を負う。
A昭和56年判例を引用し、監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情がある場合には法定の監督義務者に準ずべき者として責任を負うとしていること。
B監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が存在するか否かは客観的状況から判断すること。本事案においては、被告らの間で施設入所の検討したが結局自宅介護の判断をした経緯があった、しかし、そのような監督義務の引き受けのような意思の面は考慮していない。
C「衡平の見地からその者に対し精神障害者の行為に係る責任を問うのが相当といえる」場合に責任を負う、というようなかなり含みを持った表現をしていること。

である。
あてはめにおいて判例は以下のような判断をおこなった。
被告のうち配偶者については、男性の身の回りの世話等は配偶者が行っていたが、当然配偶者も高齢であり、しかも要介護1の認定を受けていた状態であったから、現実的に監督できる状況になかった。「監督することが可能かつ容易」ではなかったとして、監督義務を引き受けたとは言えないと判断した。
また、被告のうち長男については別居しており月3回程度しか訪問していなかったので、やはり「監督することが可能」な状況ではなかったとして監督義務を引き受けたとはいえないとした。

 

コメント

自宅介護か施設入所か。判例の事案では家族が自宅での介護を選択し、これが不幸な結果につながってしまいました。類似の事案に遭遇することが多い後見人等実務家にとっては本件判例をどう読むか悩むところではないでしょうか。
判旨からは被告らが誠実に男性を介護していたような事情がうかがわれますし、原告がJRという大企業であったことから、損害賠償を否定した結論自体に違和感はありません。
しかし、もし、これが路上での交通事故で歩道を歩いてた児童が巻き込まれて顔に大けがを負った、というような場合だったとしたらどうでしょうか。
徘徊癖があることを認識しながら施設入所等の措置をとらなかった者に責任はなく、けがを負った子供は損害を負担しなければならないのでしょうか。
本判例の「監督することが可能かつ容易」ではなかったから監督義務を引き受けたとは言えないという理由付けは安易に他の事案には適用できないと思います。

 

後見人と監督責任

判例は「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるかという論点において、成年後見人の例をあげ、成年後見人の地位およびそれに付随する義務の内容からして当然に「法定の義務」があるかを問題にするも、これを否定しました。
成年後見人の身上配慮義務は法律行為を通じて行われるものであり、事実行為を含まないからというのがその理由です。
そのまま素直に読めば、714条の監督義務は責任無能力者の事実上の行為を監督する義務であることを前提に、859条は法律行為についての義務を定めたものであり、事実上の義務については定めていないので、義務を「法定」しているとは言えないということになります。
もちろん、成年後見人であっても他に「法定の義務」を負っていたり、事実上の監督を引き受けるなどして「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に準ずる者となれば責任を負うことになるでしょう。

 

 

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