後見申立てと遺留分減殺請求の時効停止
認知症で適切に意思表示できない間に消滅時効の期間が経過しまいそうな場合、時効の完成を阻止する手段はあるのでしょうか。
判例では消滅時効の停止を認める158条の類推適用が問題となりました。
判例の概略
問題の所在
「成年被後見人に法定代理人がないとき」に時効の停止を認める158条は、精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に成年後見が開始される以前の段階で類推適用される場合があるか。
結論
一定の要件で類推適用される。
その要件は
@時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,
A時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたとき
事実の概要
1 Aはその全財産を長男Yに相続させる旨の遺言をした。
2 Aは平成20年10月22日死亡した。Aの法定相続人は妻Xと5人の子である。Xはこの時点で、Aの相続が開始したこと及び本件遺言の内容が減殺することができるものであることを知っていた。
3 Xが認知症であったため、平成21年8月5日次男が成年後見開始の審判を申立てた。
4 平成22年4月24日、Xについて後見開始の審判が確定した。
5 Xの成年後見人は平成22年4月29日、Yに対して遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示をした。
ポイントとなる時系列は以下の図のとおりです。
理論的な問題の所在
「被相続人の配偶者は、常に相続人」(890条)となり、かつ配偶者は「兄弟姉妹以外の相続人」ですから、「被相続人の財産の2分の1」の遺留分を有します(1028条)。
Xは被相続人の配偶者ですから、遺留分を有する者たる「遺留分権利者」(1031条)となります。
また、本件において、被相続人の遺言は全財産を長男Yに相続させるものであるから、配偶者Xの遺留分を害しています。
Yは遺贈を受けたわけでも贈与を受けたわけでもない(1031条)。しかし、相続させる旨の遺言により相続した者に対しても減殺請求をすることができる(判例実務)。
よって、XはYに対し、遺留分減殺請求をすることができます。
もっとも、遺留分減殺請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅します(1042条)。
よって、Xの遺留分減殺請求権は平成21年10月22日満了をもって、時効によって消滅するのが原則です。
では、時効停止の条文(158条)を使うことはできないでしょうか。
条文は「時効の期間の満了前六箇月以内の間に」「成年被後見人に法定代理人がないときは」「法定代理人が就職した時から六箇月を経過するまでの間は」「成年被後見人に対して、時効は、完成しない。」としています。
そして、「成年被後見人」とは後見開始の審判を受けた者をいいますから、単に意思表示が困難であっても後見開始の審判を受けていない以上、この時効停止の条文を適用することはできません。
本件事案では、後見の申立てはしているものの、いまだ審判が開始されていない間に時効期間が経過しているので、「成年被後見人」ではありません。
よって、158条の直接適用はできないことになります。
では、類推適用することはできないでしょうか。
判例の理由付け
@精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く者に法定代理人がいない場合は時効中断の措置をとることができない以上、保護する必要性がある。
A158条の類推適用を認めても、時効を援用しようとする者の予見可能性を不当に奪うものとはいえない。
判例の基準
「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において,なくとも,時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは,民法158条1項の類推適用により,法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は,その者に対して,時効は,完成しないと解するのが相当である。」
実際上の理由
本事案は問題は申立てから2か月の間に後見開始の審判がなされて入れば、時効の停止が適用された点です。
裁判所の手続きが早いか遅いかで大きく結論が変わってしまうことは確かに不当に思われます。
したがって、類推適用を認める強い動機付けがあったといえるのかもしれません。
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