民事信託を利用する際の注意点

民事信託を利用する際の注意点

 

 

委託者の行為能力・意思能力

 

認知症を発症した後には信託を設定できません

 

信託を設定する場合、委託者に自己の財産を管理処分する能力が備わってなければなりません。

 

認知症を発症し、自分の財産の管理処分について十分認識できない状態では信託契約等が有効に締結できないからです。

 

親が認知症を発症したが、法定後見を利用すると親の財産の処分ができなくなるので信託を利用したいという相談がありますが、そのような利用の仕方はできません。

 

あくまで、本人が元気な時に自己の意思で信託をする必要があります。これが、意思能力が衰えてから発動する法定後見との違いです。

 

相続人が事業承継対策を焦るあまり、自分の財産の管理処分について十分認識できない親にサインをさせるようなケースがあるようです。

 

しかし、そのような契約は無効ですし、そのような無効な契約に基づいて財産を処分すれば横領罪に問われる恐れがあります。

 

証拠を残しておく

 

また、意思能力がある状態で締結したとしても、その後急速に意思能力が失われていく場合もあります。

 

たとえば、信託契約の内容が一部の相続人に不利なものであったりすると、後日その相続人が異議を唱えてくるかもしれません。

 

「いまこのような状態なんだから、契約当時も意思能力が十分ではなかったはずだ」などと言われると、明確な証拠がない限り争いになるだけで大変な労力が必要になってきます。

 

相続人になる可能性のある者たちで十分なコンセンサスをとっておくことが一番ですが、それができない場合もあるでしょう。

 

そこで後日にそなえて以下のような客観的な証拠を残しておく必要があります。

 

@信託契約は必ず公正証書で作成し、第三者である公証人に本人確認・意思確認をしてもらう

 

A信託契約を締結した経緯や話し合いの経緯を残しておく

 

B信託契約を締結する際に行った話し合い等を動画で残しておく

遺留分減殺請求

信託によって遺留分減殺請求を回避できるのか?

 

兄弟姉妹を除く法定相続人は遺留分(直系尊属は法定相続分の3分の1、それ以外の遺留分権利者は法定相続部の2分の1)を有します。

 

遺言等で遺留分を無視した配分を定めても、遺留分減殺請求の行使によって取り戻すことができます。

 

では、信託条項定めでこの遺留分減殺請求を回避できるのでしょうか?

 

いくつかの書籍やWEBサイトをみると以下のような方法が記載されています。

 

@父と子の一人との間で信託契約を結ぶ

 

A受益者は父自身とする

 

B父が死亡した場合は父の有していた受益権は消滅し、相続財産を構成しないとする

 

C子には新たな受益権が発生する。

 

というようなものです。

 

形式的に相続財産に入っていないのだから減殺請求の対象にならないという理屈でしょう。

 

しかし、実質的には受益権を相続したことは明らかです。税法上は当然このような潜脱手段は認められないことになっており、相続税が課されます。

 

また、このような取り扱いを有効とした判例はありません。

 

そもそも、遺言によっても排除できないとされた権利である遺留分を特に明文の規定もなく排除できるような権利を信託法が認めていると考えるのは少し無理があるのではないでしょうか。

 

個人的な感覚としては判例がこのような条項を有効と認める可能性は少ないを思われます。認めたとしても、おそらくいくつかの要件をクリアしなければならず、効果も限定的に認めるのではないでしょうか。

 

もちろん、遺留分を侵害する形の配分自体は無効ではなく、減殺請求されて初めて問題になるものです。

 

しかし、やむを得ずこのようなスキームを採用する場合は、リスクがあることを十分に説明する義務があると思われます。

 

 

遺留分にどう対処すべきか

 

上記のように、信託を採用したからと言って遺留分を潜脱するようなことは難しいでしょう。

 

そこで、遺留分に対処する方法としては、会社の経営権や収益不動産の管理運営権と収益権を分離して、仲の悪い相続人には収益権のみ与えて遺留分減殺請求を回避することが考えられます。
具体的な方法はこちら

 

たしかに、お金は与えなければなりませんが、業務を混乱させられる可能性を抑えることができます。

 

また、非常識な行動をとってくるような場合には受益権を消滅させたり、買い取ったりできる条項を入れておくこともできるかもしれません。

 

遺留分の潜脱とならないようなタイミングを見計らい、相手の非常識な行動を待ってすかさず行使するというような、事案に応じた解決策を考えることができるかもしれません。

 

 

 

受託者の権限乱用防止

信託財産の帰属主体となる受託者は大きな権限と責任を負うことになるので、誰を選定するかは重要です。

 

例えば次のような場合はどうしたらよいでしょう

 

病気の父親に多額の財産があるが、妻や祖父母もおらず、未成年の子のみが推定相続人である。

 

父親になにかあったときのために子が成人し、ある程度の判断能力がつくまでは従妹を受託者として管理を任せようとしている。

 

従妹は会社を経営し、財産もあるが、会社の経営が傾いたりすると、財産を不当に流用したり、子をないがしろにしないか不安もある。

 

このように、委託者が他界したあと、判断能力が弱かったり、弱い立場にある受益者が残された場合は不安があるでしょう。

 

そこで、受託者に比べて社会経験や判断能力が弱い者が受託者である場合は特にこれらの者を守るように信託契約を定めておくことが必要になります。

 

このために有効な手段は信託監督人等の第三者の監視の目を入れることです。

 

弁護士や司法書士など所属会の厳しい会則に縛られている専門家を監督人にするとより実効性が高まるでしょう。

 

また、信託条項に様々な条項をいれて事案に応じた権限乱用防止策をたてることもできます。

 

たとえば、一定額以上の財産の処分には信託監督人の承諾が必要である条項を入れ、短いスパンでの報告を義務とするなどして受託者の権限乱用を防止することが可能です。

 

さらに、信託財産の使い道について細かい指示を出しておくことも可能です。

 

 

収益マンションの信託などで複層化された受益権を利用して節税するスキームがうたわれているものもあります。

 

具体例はこちら

 

しかし、スキームが有効に機能するためには様々な条件をクリアする必要がありますし、リスクもあります。

 

収益予想の妥当性、信託期間の設定、信託期間における当事者の死亡・交代など事案に応じて様々な要素を考えなければいけません。

 

節税を意図して信託を利用する場合は必ず税理士等に精査を依頼し、リスクについても十分理解しておく必要があります。

 

 

 

 

 

信託当事者変動のリスク

民事信託においては、委託者・受託者・受益者といった信託の当事者が自然人であり親族であることが想定されます。

 

このように自然人が当事者になるということは、その者が病気になったり、死亡したり、突然の海外転勤などで信託の当事者がかけてしまうこともあります。

 

また、人である以上、心変わりをしたり、対立関係になってしまうようなことも考えられます。

 

信託を設定する場合には想定すべきリスクに備え、適切に変更できる仕組みを導入しておく必要があります。

 

 

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